ニコニコした黄色と眉間に皺寄せた灰色

タキシングしていく飛行機にくる日もくる日も毎日手を降り続けるトーイングトラクターの運転手のおじさんは、虚しくならないのだろうかと、ふと思った。

こっちに手を降り飛行機を送り届ける整備士のおじさん達に、手を振り返さなくなったのは、いつ頃からだろうか。

幼い時の私と同じ様に手を振り返す子供が今も居て、そんな子達を小さな窓の中に見つけて、小さなやりがいとしているのだろう。

俺も手を降ろうかと思ったが、いい年した男が手をヒラヒラさせて自分の存在を窓の外にアピールするのも隣の乗客から見たら不気味というか可笑しいだろうと思って知り合いなんだけどそんなに話したことない人にする時みたいに曖昧に会釈しといた。見えただろうか。多分見えてないだろうな。

南側にタキシングしていくと、左手にF15がズラッと整列していて、その整列してるとこを通り過ぎると今度はE-2Cが2機駐機しているのが見える。
南西の空では、隣国との鍔迫り合いが続いている。
紺色を下地にして黄色い大きな星のマークを尾翼につけた旅客機と、厳しい灰色の軍用機
それが同じ敷地内にある地元の空港は面白い場所だ。
窓一枚隔てた向こう側には「外部」があって、こんな近くに敵意に晒された現場があることにビックリして、いま鍔迫り合いをしている南西の空もそれと同じ様に意外と近いんだろうなと思った。

スクランブルに備えるためのF-15を待機させておくクリーム色で蒲鉾の形をした格納庫を通り過ぎたところで機体は右にターンし、滑走路に侵入する。
加速。座席に背中が押し付けられる。背景がどんどん後方に流れて行く。
近隣にある米軍飛行場へと降りる軍用機のアプローチルートが離陸経路上空に被さっている関係で、機体はいったん1,000ftという低空で水平飛行に移る。空は灰色、雲が近い。海面スレスレを飛びながら左に旋回し始めた。海は荒れていて珊瑚礁にぶち当たった波の流れが白い飛沫をあげている。ドーナツ型の環礁が見える。
胃に、ズンと加速度を感じた。脂汗が滲み出る。前日に飲み過ぎたのだ。ゲロ袋を手に取る。吐く。すえたにおいが袋の中に充満する。離陸前に座席のひじ掛けの取り合いのバトルを無言でじりじりと繰り広げた隣の席の色黒のおじさんは今どんな表情をしているだろうか。「只今気流の悪いところを飛行しておりますが、ご気分の優れないお客様は前方のポケットにあります紙袋をお使いください」とCAがアナウンスした。


吐き終えて外を見るともう雲海の上を飛んでいて、雲が光を帯びた白色で反射した光が目に突き刺さった。空は絵の具で塗った様な青で気分はもうそんなに悪くなかった。