ケバブ屋

かろうじて認識したのはチキンケバブラップを注文した時に屋台のカウンターの中の店員が素っ頓狂な声をあげてピエロのようにおどけたということそれ自体だけで、東京に来てからますますマニュアル通りのやり取りに慣れ切っていた俺は彼が何を言ったのかわからないままその不意打ちに対してただ苦笑いをするしかなかった。男は不自然に引きつった俺の口元をチラリと一瞥だけして、すぐに目を伏せ黙々と調理に取り掛かった。取り残された笑顔だけが寒々しい。

「お兄さんはトルコの人?」
突然のことで最初は驚きこそしたが、屋台の兄ちゃんがコミュニケーションをとろうとしてることに親しみを覚えた。

「トルコよ」
カウンターの下から細長い長方形のナイフがキラキラ光を反射しながら表れ、肉塊を削ぎ落としていく。

「なんで日本に来たの?」
「日本に来てから七ヶ月になるね」
「違う、"なんで"、whyだよ」
「トルコに四人、兄弟がいるね。お兄さんも隣の屋台で働いてる。日本語も勉強してるね。」
「学校で?」
「違う。ここで働きながら勉強してる。」
そう言った後、ポツリと「学校は行けない。」と呟いた。
削ぎ落とした肉はカウンターの上の、銀色のバットに落ちる。それをお好み焼きのヘラみたいなものでかき集め、あらかじめキャベツの千切りが敷き詰めてあるトルティーヤに似た乳白色の丸い生地の上に乗せる。

「お兄さん年はいくつね?」
「21だよ」
「見えないね。25、6くらいかと思った」
老けて見られるのはしょっちゅうだけども、やはり気持ちのいいものでは無い。
そのことが表情に出たのか、一瞬の沈黙の後、トルコ人の兄ちゃんは目を逸らした。

「ソース何味?辛口?」
「中辛」
オーロラソースのようなものが入ったプラスチックの容器を取り出し、そこからビームのようにソースをかけた。

「ワタシ何歳に見えるね?」
生地を丸めながら尋ねる。
外国人の年相応の顔つきなんてわからないので、まぁ俺よりは年上だろうと検討をつけて25くらいかなと答えた。
「残念。18歳よ」
年下だった。

「お兄さんは高校出てる?」
「出てるよ」
「日本ではいくつで高校卒業するの?」
「18だよ」
本の学校制度について尋ねる時の声色が、それまでで1番弾んでいた。
学校に行かず七ヶ月で日本語をここまで話せるようになったこと、一応六年間英語教育を受けた自分の英語力では恐らくここまでの日常会話を話せないこと。そんなことが胸によぎる。

千円札を渡すと
「650まんえ〜ん!!」といいながらお釣りを渡して来た。おっさんか。


大久保通りを歩きながらケバブを食った。350円でこれは安い。腹も満たされるし。6個で500円のチェーン店のたこ焼きよりか良心的に思えた。
あの男に安直な同情をかけるのは止そうと思った。