異国の地の生活者

近所のドラックストアで430ml198円のボディーソープを買い、家路につく。この辺の歩道は狭くて段差が多く、歩きづらい。

躓かないようにと、脚元に視線を落とす。
薄暗がりのなかに黒い革靴が右、左、と交互に動いていた。
暗がりの中の革靴は黒色でよく見えない。目に力が入った。眉間に皺がよる。

何も言わずにただ、黙々と行軍する革靴を、じっと見ていた。




突然、視界が強い光に覆い尽くされる。
視界の右上端に発光源を捉え、そこに首を向ける。

車道を挟んだ向かい側の歩道に若い女がカメラをこちら側に向けて立っていて、そのすぐ後ろには同じくらいの年頃の眼鏡をかけた男が女を見守るように立って居た。

どうやら俺の左側にある、BARやらスナックやらが入った雑居ビルを写真に収めたらしい。
クルーズ船が月に何度か入港するこの辺の地域では、中国語だか韓国語を周囲にばら撒きながら街を練り歩く観光客の団体が、どこにそんなに惹かれるのか、歩道橋や街路樹、自動販売機や居酒屋といったものにレンズを向けてシャッターを切りまくる光景がよく見られる。
この二人も、恐らく観光客だろう。新婚旅行の夫婦といったところか。

女は後ろの男と何か言葉を交わし、再び歩いていった。




薄暗い脚元に視線を戻して再び歩きながら、あの夫婦が20年後や30年後、メモリーに保存された写真を若い頃への懐かしさや過去の異国の地への哀愁などといったものとともに見返す時、カラフルなネオンやギラギラとした看板がまぶしい雑居ビルのふもとの暗がりにボンヤリと写り込んだ猫背の男を見てどう思うだろうかと考えた。
"その地で黙々と生活に従事する、異国の地の、生活者。"
そう見られるのだと思うと、なんだか、腹立たしさと哀しみが混ざったような、そんな気分になった。


脚元の革靴は相変わらず何も言わずにただ、右、左、と前へ前へ進んでいった。