中華料理屋

真っ赤な暖簾をくぐりガラス扉を左へスライドさせ冷房の効いた店内へと身体を侵入させながらそのままの流れで左に置いてある新聞を右手でとり、左手で扉を閉める。カウンターの向こうに見える銀色の厨房には男が2人、中間料理屋らしい赤色で統一されたカウンターのこちら側には若いウェイトレスが1人、客は俺1人だった。

二人用の小さなテーブルに座り、メニューを見る。体が野菜を欲している。白菜やタケノコ、キクラゲ等が餡掛けで絡められた料理の写真が目に入る。写真の下部に白い文字で小さく「八宝菜」。白菜のシャキシャキとした歯触りと、餡掛けの風味が頭を一瞬支配した。写真からは少し離れた、メニュー一覧のところに載っている「八宝菜」の文字の横の値段を確認する。900円。高っ。


駄目だ駄目だ。そう思った次の瞬間、濃ゆい暗緑色が目の端で捉えられた。細切れの、牛肉と思われるものと、刻んだ菜っ葉のようなものが一緒に炒められた料理の写真だった。「牛肉空芯菜炒め」。メニュー一覧で値段を確認する。「牛肉空芯菜炒め    650円」。

よし、これにしよう。
ウェイトレスのお姉ちゃんを呼んだ。
メニューを閉じる。メニューを閉じる瞬間、眼が何かを捉えた。「からあげカレー    700円」。それを見た瞬間、カレーの、鼻を刺激し、胃を動かし、唾液を分泌させる匂いが鼻腔に出現し、からあげを口に入れ、歯で噛み切った時の衣の歯触りと、肉汁が口に溢れ出す感覚が脳裏を横切った。
迷った。ウェイトレスがこっちへ向かってくる。どうしようか。俺の体は野菜を欲している。でもカレーのあの匂いと、唐揚げの衣のサクサクと鶏肉の肉汁も捨てがたい。あ、いや、カレーなら野菜が入ってるかもしれない。よし、カレーにしよう。


「ナニニ、ナサイマスカァ?」
多分このお姉ちゃん中国人だろうな。
「からあげカレーで」
「エ?」
「からあげカレー」
「ェト、ナニカレー、、、、」
お姉ちゃんがメニューを覗き込む。からあげカレーの文字を指差す。からあげ  がお姉ちゃんには音声では理解出来ない単語らしい。
「ハイ、カラアゲカレー」
お姉ちゃんが手元の紙に注文を書く。
厨房にいる男の方へと向かう。

「ェート、、、、カ、カラアゲカレーヒトツー」
「あいよーっ!!」


新聞を手に取りそれを広げながら、お姉ちゃんが厨房へオーダーを伝えに行く様子を眼の端で見届けた。新聞を読みつつ、チャイナ姉ちゃんと厨房の男性の会話を聞く。チャイナ姉ちゃんのカタコトの日本語が可愛い。カタコトの日本語が可愛いと感じるのは初めてのことだった。今まで知らなかった、自らの新たな萌えツボを発見した。少し嬉しかった。チャイナ姉ちゃんのカタコトジャパニーズに密かに萌えながら新聞を読み、カレーを待った。


来た。

「カラアゲカレーデスネー」
あぁ、、、可愛い、、、


新聞をたたみ、テーブルに置く。


あ、、、野菜入ってない、、、、、

ルーの中には具が入っていなかった。
とりあえず、唐揚げをスプーンで一口サイズに切り、それをライス、ルー、と一緒に口に入れた。

あぁ、、旨い。オーダー寸前でのメニュー変更の決め手となった、脳裏によぎったカレーのイメージを裏切らないカレーだった。

でも、、、
でも野菜が入っていなければ、、、その点は、、、

「野菜はエキスとしてルーに溶け込んでるんじゃね?」
という考えが頭に浮かんだ。


そうかもしれない。
確認する為に、ルー9割ライス1割でスプーンの上を満たし、口に運んだ。

うん、、、野菜、、、っぽい味はする、、、、かな、、、うん、あ、玉ねぎっぽい味はするかも。多分、玉ねぎの味だこれ。スパイスだけでこんな味出せないもん多分。


喫茶店のカレーみたいだな、と思った。

喫茶店のカレー   という単語が頭に浮かんだのと同時に、不意に昔の記憶がフラッシュした

「じゃあ、普通の、野菜の形がちゃんとあるカレーと、喫茶店みたいな、野菜が溶けてるカレー、どっちがいい?」
「じゃあ喫茶店のカレー!!!」


父との会話の記憶だった。
小学校低学年の時は、土曜日は授業が午前中までで、仕事が無い日はよく父が昼飯を作ってくれた。
その時の記憶だ。


郷愁、と一般的に呼ばれているものだと思われる、胸が締めつけられるような感覚がした。

その次には、帰省した時の、一ヶ月程まえの、父との、私の今の状況をめぐっての、ちょとした衝突と、その帰省中に見た、仕事から帰って来て、1人でテレビを見ていた父の姿を思い出した。

それと、自分の今置かれている、いや、自分で選んだ状況を思い出して、なんとも言えない気分になった。


カレーは全部平らげた。